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大阪地方裁判所 昭和25年(行)32号 判決

原告 佐竹千代子

被告 西成税務署長

訴訟代理人 上田明信 外一〇名

主文

被告が原告に対してした昭和二十三年度所得税についての更正決定中原告の事業所得を十九万七千九百円同居の親族佐竹実の給与所得を一万四千六百七十二円七十銭として算定した税額を超える部分はこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

一、原告の主張

(一)  請求の趣旨

「被告が原告に対してした昭和二十三年度所得金額を六十三万円に更正する旨の決定はこれを取消す。

被告が原告に対してした昭和二十四年度所得金額を七十二万円に更正する旨の決定はこれを取消す。

被告が原告に対してした昭和二十四年三月ないし十二月分取引金額を四百七十万円に更正する旨の決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

(二)  請求の原因

原告は肩書の住所において小間物等の販売を営んでいるものであるが、

(1)  昭和二十三年度における売上金額は九十六万三千十三円、仕入その他に要した必要経費は七十六万四千百十三円であるからその所得は十九万七千九百円。

(2)  昭和二十四年度における売上金額は百十九万二千四百八十四円、必要経費は九十四万四百八十四円であるからその所得は二十五万二千円。

(3)  昭和二十四年三月一日ないし同年十二月三十一日までの売上金額は百一万一千九百九十円である。(別表その一)

よつて原告は被告に対し、(1) 昭和二十三年度所得金額を十九万七千九百円と確定申告したところ被告はこれを六十三万円と更正し昭和二十五年二月二十三日原告に通知したので同月二十五日被告を経由し大阪国税局長に対し審査請求をし、(2) 昭和二十四年度所得金額を二十五万二千円と確定申告したところ被告はこれを七十三万円と更正して昭和二十五年三月五日原告に通知したので同月十日大阪国税局長に対し審査請求をし、(3) 取引高税法に基き昭和二十四年三月ないし十二月の売上金額を九十四万五千九百九十八円(これは原告の誤算によるもので真実は前記(3) の通り)と申告したところ被告はこれを四百七十万円と更正し昭和二十五年三月五日原告に通知したので同月十日大阪国税局長に対し審査請求をしたが、大阪国税局長は右審査請求後三ケ月を経過しても決定をしない。原告の申告は備付の営業帳簿に基いてした正確なものであるのに、被告の課税処分は十分な調査をすることなく単なる見込によるものであるばかりか昭和二十二年度の決定所得額十五万円に比しても不当に過失なものであるからその取消を求める。

(三)  被告の答弁について

被告がその主張の日に原告の在庫商品の調査をしたことはない。

もつとも土肥事務官が昭和二十三年度の所得税につき、豊泉事務官が昭和二十四年度の所得税につきそれぞれ被告主張の日頃調査のため原告店舗にきたことがあり、また昭和二十五年二月九日及び十日西成税務署員八名が滞納処分として原告の商品を差押え同月十五日頃これを引揚げたことはあるが、そのいずれの時も在庫商品の調査はしていない。ことに被告が主張する昭和二十三年十二月の調査によれば雑貨の在庫商品高十万円となつているが、元来原告の取扱う雑貨類の大部分をしめる衣料品は当時配給統制品であつて原告は衣料登録店でなかつたから雑貨類がさように大量にあるはずはない。衣料販売の統制は昭和二十四年秋頃から次第に緩和され昭和二十五年二月頃殆んど自由販売になつたので原告もそれにつれ順次衣料費拡大し在庫品を増加してきたのであるから、昭和二十五年二月当時と昭和二十三年一月、昭和二十四年一月当時とでは在庫品、売上状態が全く異り前者をもつて後者を推定することはいちじるしく不当であるばかりか、原告の在庫商品中にはいわゆる「ねんきもの」で容易に売れぬ商品が多量に含まれているから在庫商品高に業界の商品回転率を乗ずることによつて売上高を推計するがごときは原告営業の実態を無視するものである。

つぎに被告の消費面から原告の所得を推計するが、かかる方法はわが税法上許されない。なぜなら第一に諸国の税法上消費課税はドイツ・スイス等一、二の国において厳格な制限のもとに採用されているにすぎず、なんら明文のないわが税法のもとにおいてかような方法をとるときは小所得者に対し不当を生じ、第二に各人、各家庭には色々の意味において公表を忌む事柄が多いがかかる方法をとることは私生活深く突入し秘密の公表を迫るものであつて、犯罪容疑者ですら黙否権の認められている今日善良な納税者に対し消費を公開し、その出所を立証しなければ課税するといつて迫るのは税の重圧の甚だしい時代においては恰も一種の秘密公開を強要するがごとき感を拘かしめるものとして当を欠くからである。この点を暫く措いて被告の主張を検討してみるに、原告の同居の親族の氏名及び生年月日が被告主張の通りであることは認めるが被告主張の理論生計費は総理府統計局の消費価格調査により二倍ないし三倍高額であり、且つ原告世帯の実際の主計費は昭和二十四年度一ケ月米代三千百五十円、副食、燃料代三千六百円、電気代三百二十円、学費一千円、その他二千五百円、合計一万五百七十円で年間十二万六千八百四十円であり、昭和二十三年度はこれより四、五割位少かつた。また昭和二十三、四年度において原告の納付した公租が被告主張の通りであること、原告の家族が被告主張のような不動産をその主張の金額で購したことは認めるがその購入資金は原告の営業収益となんら関係がない。すなわち実が購した店舗住宅代金三十万円は同人の所待金四万九千五百円、長男国正戦死による保険金収入七万九千九百円、衣料、国債等売却金及貯金十七万七千九百七十五円により賄われたものであり、秀夫の土地買入代金はその手持金二万五千五百円、衣料の売却金十二万円等により賄われたものである。もと昭和二十三年五月に営業収益から実の家屋購入代金三十万円を支払つたとすればその時期までの営業の利益を全部支出したこととなり原告の家族は生活できないことになるわけでありこの一例をもつてしても被告の消費面よりする所得推計の失当であることは明かである。

なお実が被告主張の官庁に勤務しその主張の額の給与を得たことは認める。

二、被告の主張

(一)  請求の趣旨に対する申立

「原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  請求の原因に対する答弁

原告の主張事実中原告が昭和二十三、四年度所得金額及び昭和二十四年三月ないし十二月分取引金額につき主張のような申告をしたこと、被告が原告の右申告に対しその主張のような更正決定をしたこと、これに対し原告が被告を経由し大阪国税局長に審査請求をしたが三ケ月を経過するもなお大阪国税局長が決定をしないことは認めるがその余の事実は争う。

原告は肩書住所に間口二間の店舗をかまえ小間物、化粧品、雑貨類の小売を営んでいるものであつて、右店舗の位置は新世界に連結する大繁華街飛田大門通りにあり商品販売状況は良好である。ところで原告の営業に関する帳簿は不備であつて僅かに売上帳及び取引高税台帳を備えるにすぎず、且つその記帳は不正確であり、殊に営業種目のうち雑貨というのは主として衣料品であるが、昭和二十三、四年当時はその殆んどが売買につき衣料切符を必要とする統制品であり、原告は衣料品配給規則第三条の衣料登録店でなかつたためいきおいその記帳を欠いている。したがつて原告の取引及び所得はその帳簿によつて調査確定することができないので被告はつぎのような方法によりこれを推計した。

(1)  昭和二十三年度の所得金額について

(イ) 被告が昭和二十三年十二月二十日係員土肥事務官をして調査させたところによれば原告の在庫品高は小間物十万円、化粧品二十万円、雑貨四十万円である。そして業界における同年度の商品回転率は小間物二・五回、化粧品四回、雑貨七回であり、売上に対する利益率は小間物、化粧品いずれも二割、雑貨一割五分であるから原告の同年度における事業所得は六十三万円となる(別表その一(1) )。

(ロ) 大阪商工会議所の調査による昭和二十三年中の大阪市における成年男子一人当りの理論生計費は別表その四「消費一単位当り理論生計費」欄の通りであり、これを原告世帯(別表その三)に適用すれば原告世帯の年間生計費は二十三万二千四百三十八円六十八銭となるから原告世帯も特別の事情のないかぎりこれと同額の生計費を要したものというべきである。さらに原告は同年中に所得税十一万五千五百七十円六十銭、市民税二千七百九十三円を納入している。がまた原告の次男実は昭和二十三年五月大阪市浪速区霞町一丁目一番地の店舗住宅一戸を三十万円で購入した、が、実が昭和二十一年三月三日臨時財産調査令に基き申告した財産は預貯金二百七十八円であり、かつ右時期以後職に就かず昭和二十三年二月二十二日より南税務署に勤務するにいたつたもので同年五月までに支給された給与は二千五百三十五円にすぎない。その余の家族はいずれも無職であつて原告の営業を手伝つているものである。したがつてこれらの生計費、公租及び家屋購入費合計六十五万八千二十一円二十八銭の支出は特段の事情のないかぎり原告の同年度の営業による所得によつて賄われたものと推定すべきであるから原告は同年度においてこれを同額の純益(事業所得)をあげたというべきである。

なお実は同年度においてその勤務する南税務署より一万九千五百六十三円六十銭の給与を得たからこれを原告の事業所得に合算課税すべきである。

(2)  昭和二十四年度の所得金額について

(イ) 被告が昭和二十四年十一月頃係員豊泉事務官をして調査させたところによれば原告の在庫商品高は小間物二十万円、化粧品二十五万円、雑貨四十万円であつた。したがつて同年度の商品回転率、利益率は前年度と同一であるから右営業による純益は七十二万円となる(別表その二(2) )

(ロ) 被告が昭和二十五年二月九日毛利事務官等十名の係員をして調査させたところによれば同日現在の原告在庫商品高は売価格にして小間物三十七万八千七百五十七円、化粧品二十九万五千五百二十五円、雑貨七十六万五千二百六十九円であつた。業界における昭和二十四年度の荒利益は小間物、化粧品いずれも二割五分、雑貨二割であるから右在庫商品高は買価格にすれば小間物二十八万四千六十七円、化粧品二十二万一千六百四十三円、雑貨六十一万二千二百十五円となる。ところで年間を通じ二月は小間物、化粧品、雑貨販売の最も閑散な時期で一月はなるべく仕入を控え前年の十二月の売れ残り品の整理をする月であるから原告は常時右程度の商品をもつて営業していたものというべきであり、したがつてこれに前記商品回転率、利益率を適用すれば年間売上額は五百八十八万二千二百四十四円、収益は九十六万二千百七十二円となる。(別表その二(3) )

(ハ) 前記同様の理論生計費の適用による原告世帯の昭和二十四年度の生計費は三十一万二千九百八十五円五十三銭(別表その四)、原告が同年中に納付した所得税は五万六千七百七十円であり、さらに原告の夫長太郎は同年春大阪市浪速区北日東町四十九番地の家屋一戸を十万円で、三男秀夫は同年二月十四日同市西成区今池町四十番地の十五の宅地五十六坪九合二勺を八万五千三百八十円で、同年四月二十八日同町四十番地の十六の宅地五十六坪二合七勺を八万四千四百五円で、同年十月二十二日同町四十番地の十七の宅地三十八坪八合五勺を五万八千二百七十五円で、同年六月二日同町四十番地の十八の宅地七十四坪六勺を十一万一千九十円で購入しているが、右生計費、公租及不動産購入資金合計八十万八千九百四円五十三銭は前記と同一の理由により原告の同年度の営業収益から支出されたものと推定される。したがつて原告は同年度において同年末の負債四万円を差引いた七十六万八千九百四円五十五銭の純益(事業所得)をあげたというべきである。

なお原告と同居する次男実は同年中に南税務署より五万九千七百二十四円八十六銭を支給されたから右給与所得を原告の事業所得に合算課税すべきである。

(3)  昭和二十四年三月ないし十二月の取引金額について前記昭和二十五年二月九日調査による昭和二十四年度の売上金五百八十八万二千二百四十四円を月割にして計算すれば四百九十万一千八百七十円となる。

以上のように原告の実際の所得金額及び取引金額は被告の査定を上廻るものであつて被告の更正決定は決して過大なものではない。

三、立証〈省略〉

理由

原告は昭和二十三、四年度中肩書住所において小間物、化粧品、雑貨類の小売を営業としていたこと、原告は昭和二十三年度におけるその所得金額を十九万七千九百円として被告に対し所得税の確定申告をしたところ被告が原告の右年度所得金額を六十三万円と更正し、昭和二十五年二月二十三日通知したので右更正決定に対し同年二月二十五日被告を経由して大阪国税局長に審査請求をしたこと、原告は昭和二十四年度における所得金額を二十五万二千円として被告に対し所得税の確定申告をしたところ被告が原告の右年度所得金額を七十二万円と更正し昭和二十五年三月五日通知したので同年三月十日右更正決定に対し被告を経由して大阪国税局長に審査請求をしたこと。原告は昭和二十四年三月ないし十二月の取引金額を九十四万五千九百九十八円として被告に対し取引高税の申告をしたところ、被告が右期間の原告取引金額を四百七十万円と更正し昭和二十五年三月五日通知したので同年三月十四日右更正決定に対し被告を経由して大阪国税局長に審査請求をしたこと、大阪国税局長は右審査請求につきすでに三ケ月を経過したがこれに対する決定をしないことはいずれも当事者間に争がない。

よつて本件の争点である原告に対する昭和二十三、四年度所得税及び昭和二十四年三月ないし十二月分取引高税の課税標準について判断すべきこととなるのであるが、原告は消費面より所得を推計することは許されないと主張するから被告が査定した原告の所得金額の当否を判断するまえにまず所得認定の方法について考えてみよう。

納税義務者とそれに属する課税物件が存在しこれについて課税標準を決定しこれに税率を適用しうるにいたつたとき租税債務が発生し納税者がこれを申告することにより租税債務の内容が確定しその税額を納付することにより租税債務が消滅する。これが所得税法の期待するもつとも正常な経過であるが、納税者が申告をしないとき又はその申告が正確でない疑いがあるときは税務官庁は税額を決定する基礎となる事実を調査しその結果に基き正確に租税債務の内容を確定しなければならない。所得金額の調査はその一つの場合であつて、あるいは申告が過少のこともあろうし、あるいは過大なこともあろうがその疑があるときはいずれの場合においても税務官庁はこれを調査する責務を負い、その調査に際しては必要があるかぎり納税者に帳簿書類の提示を求め、質問して誠実な応答を求めるなど法律のゆるす範囲において納税者の協力を要求する権限を有する。しかしその協力を得られない場合においても税務官庁は調査を断念することなく万能なかぎりの資料を集め能うかぎり直実に近い所得を認定しなければならない。けだし税務官庁は国庫の収益を確保しなければならないと共に協力義務を怠る者がこれを誠実に果す者に比較し利益を受ける結果となることは税法の要求にある租税負担の平等性を根底から破ることなるからである。一般にある事実を認定するには証拠により推理する方法と、間接事実により推理する方法とがあり、後者はいうまでもなく経験法則を大前提とし証拠(又は第二次的間接事実)により推理された間接事実を小前提として要証事実を演繹するものである。所得の認定も、「事実」認定の一事例であつて法律上制限禁止する趣旨が認められないかぎり右のいずれの方法を用いることも許されるものといわなければならない。したがつて間接事実による所得認定の一つの場合である消費面に生じた事実から所得を推理する方法もまた法律に右の趣旨が認められないかぎり許されるものと解すべきである。しかし国庫収益の確保、租税負担の平等と共に税法はその課税、徴税の手続において納税者に対し不必要な侵害が加えられないことをも意図している。税務官吏は調査により知り得た秘密を守る義務を負いその違反に対しては一般国家公務員に比較し重い制裁を受けるがごときはその一つの表われであろう。消費面より所得を推計することができるということは直ちに税務官庁が納税者に対しその消費面を明かにすべきことを要求しうるということにならないことはいうまでもないが、税務官庁がその知り得た資料により納税者の消費事実を立証しこれによつて所得を推定しうる状態にいたると納税者は不当な所得の認定、したがつて不当な課税を避けるためその消費事実が真実と相違すること、その消費が課税物件以外の財産によつたものであることなどを主張、立証する必要にせまられ事実上自己の消費とその出所を明にする必要を生ずるであろう。所得税の賦課がその納税者にとつて重い負担となればなるほど租税債務の不当な増加という不利益を避ける必要が多くなり、したがつてかような反証を提出する必要はそれだけはいちじるしくなるであろう。ところが消費とその出所は個人にとつて秘密とするもの、他人-たとえそれが秘密保持を要求される税務官吏であつても-に対し明かにすることを欲しないものであることが多いのは否定しえない。かような個人の生活上の秘密の保持は国法上適当に尊重されるべきであつて、課税、徴税手続における個人の保護を一つの目的とする所得税法もまたこれを期待しているものというべきである。かくて国家収入の確保とその手続における個人の保護をその目的とし租税負担の平等をその要求とする所得税法の趣旨に照し、税務官庁はまず納税者の協力-帳簿書類の整備、その検査の受忍、所得についての質問に対する応答など-を求め証拠によると間接事実によるとを問わず直接所得そのものを認定する方法をとるべく、納税者の協力をえられないとき-帳簿書類の整備を欠きその記帳が不正確であり、応答が誠実を欠きその内容が虚偽であり、検査応答を拒否するなど-始めて消費面から所得推計することが許されるものと解するのが妥当である。以上が消費面よりする所得推計についての当裁判所の見解であり、この点についての原告の主張はつぎのような理由により当をえないものであると考える。第一にかような方法は小所得に酷な結果を生ずるから許されないという点。なるほど生活費に関する統計資料等により個々の納税者が消費した生計費を推定しこれから所得を推計する場合には統計の示す標準以外の生活をしている者、一般に小所得者に対し過大な所得を認定する結果を生ずる危険があることは否定できないが、かような危険は統計の基礎となつた事実、個々の納税者の生活状態等を明かにすることなく漫然統計資料を利用するため消費金額の認定を誤ることから生ずるものであり、したがつて原告の右主張は消費面より所得を推計するには消費の認定-ことに間接事実により所得を認定する場合には経験法則の適用-を慎重にすべきであるとする理由としては傾聴に値するが、かような方法が全く許されないとする理由にはならないといわなければならない。第二に犯罪容疑者ですら黙否権を認められているのにかかる方法は善良な納税者に対しての私生活の秘密を明かにすることを要求するもので不当であるという点、国民は法律に従い納税の義務を負い、納税者が他人から財産上の援助(贈与)を受けるときは学資金等課税の対象から除外されていないかぎりそれが秘密をすることを欲するものであつても所得税法に従つた申告する義務があり、また納税者が犯罪的方法により所得をえた場合においてもこれを保持するかぎり申告、納税する義務があることは所得税法上疑がない。けだし国民はその所得に応じ平等に租税を負担すべきものとするのが法の根本的要求だからである。もとより租税債務を正確に申告し税務官庁の調査に協力する善良な納税者の秘密が保護さるべきは原告主張の通りであるが、これがためにこれらの申告、協力を怠る納税者に対しても消費面よりする所得の推計が許されないとすることは課税平等の見地からみて妥当でない。

そこで進んで本件の場合消費面よりする所得の推計が適法であるかどうかについて考えてみよう。原告営業に備付の帳簿類は取引高税台帳(甲第四、五号証)取引高帳(甲第六号証)取引高印紙購入通帳(甲第十二号証)手帳(甲第十三号証)のみであつて仕入、金銭出納等についての帳簿類の備付を欠くことは弁論の全趣旨に照し被告の認めるところである。しかも右帳簿を対照してみるとその間に齟齬があり且つ成立に争ない乙第一号証の五によれば原告は昭和二十四年三月当時帳簿の記載と比較して余剰となる取引高税印紙(一千六百四十一円)を所得していたことが認められ、これらのくいちがいの理由は原告の全立証によつてもにわかに納得しがたいばかりか、原告の取扱う商品のうち衣料について統制が行われていた昭和二十三、四年当時原告が衣料配給登録店でなかつたことは当事者間に争がなくしかも証人佐竹長太郎の証言によれば、当時原告は衣料品を正規の手続によらず売買していたことが認められるからこれらの事情を考え併せると原告の営業に関する帳簿が正確にその取引を反映しているものとは認めがたい。かように営業帳簿の整備と正確な記帳を欠くことはなはだしくその記帳のくいちがいについて十分の理由を示さない場合においては消費面より所得を推計することを許されるものと解すべきである。

よつて以下課税標準についての被告の主張を順次検討することとする。

(1)  昭和二十三年度の所得金額について

(イ)  被告は原告が昭和二十三年度を通じ当時小間物十万円、化粧品二十万円、雑貨四十万円の商品を回転して営業していたものとしてその所得を推定すべきものと主張する。成立に争ない乙第十六号証並びに証人土肥米之の証言によれば係員土肥米之は昭机二十三年十二月二十日頃原告の同年度の所得調査のためその店舗に赴きその在庫商品高を原告主張のような金額のものと評価したことが認められる。しかし右証言によれば係員土肥は各商品の価額と詳細調査したものではなくわずか五分ないし十分間商品の陳列状態を観察して右のような評価を与えたものであることが認められるからたとえ係員土肥が税務官吏として財産評価の経験をつんでいるとしてもこれをもつて直ちに右評価が正確であると考えることのできないことはいうまでもないところであり、その他右評価が正確なものであることをうかがうに足るなんらの資料もない。仮に原告が昭和二十三年十二月当時右評価額相当の在庫商品をもつていたとしても同年当初より同程度の商品をもちこれを回転していたものと推定することは不当である。なぜなら比較的小規模な商品小売営業においては経済事情の変動営業方針の変更等特別の事情がないかぎり年間を通じほゞ同種同額の商品をもつて営業しているとみるべきであるけれども、終戦後物価は急激に高騰し、とくに昭和二十三年にかけての時期においていちじるしく、同年度においてようやくその昂進を弱めたがなおその年始と年末とでは一般物価に三割以上の開きがあつたことは公知の事実であり、したがつて原告の手持商品を昭和二十三年十二月におけると同年一月におけるとではその価額と構成(種類)の点においてかなりの差異があつたと考えられるからである。(あるいは後記昭和二十五年二月調査の在庫商品と対比すれば一応被告主張の在庫商品高が過大でないようにみえるけれども右のような物価騰貴の事情と後記のような衣料統制に関する事情からみて正当でない)されば昭和二十三年度における原告の在庫商品高は被告の立証によつてはこれを確定するによしなく、したがつてこれより原告の事業所得を推算するすべがない。

(ロ)  原告と同居する親族の人員、年令が被告主張の通りであること、次男実が、昭和二十三年五月被告主張の店舗住宅一戸を三十万円で購入したこと、原告が同年度において被告主張の租税を支払つたことは当事者間に争がない。

まず被告は大阪商工会議所調査の理論生計費により原告世帯の生計費を推定しこれにより原告の所得を推計するが、成立に争なく乙第三号証の二、第四号証の一、二によれば被告主張の理論生計費なるものは成年男子軽労務者の最低栄養基準量を定立しこれを摂取するために消費する商品の価格をもつて飲食費を算出しこれが生計費においてしめる割合を六十パーセントとして生計費を算定したものであることが認められる。しかし現在の社会においてはその生活が必要とするところにしたがつて所得がえられるのではなくその所得にしたがつて生活しなければならないのである。人の自然的、生理的存在の維持保全のための飲食物費についてすら、所得の支配をまぬがれないばかりかその社会的存在を維持するためのいわゆる文化費にいたつては専らその所得に応じて定まるのが現状である。したがつて労務者最低栄養必需量を基準として算出された飲食費さらに生計費はあるべき最低所得(とくに労賃)決定の資料としては適当であろうけれどある時期の現実の標準所得の推計の資料としては使用に堪えないものといわなければならない。つぎに被告は原告次男実が昭和二十三年五月購入した店舗住宅の資金三十万円は原告の昭和二十三年度における営業収益より支出されたものであると主張するが、原告が昭和二十三年以前より営業をしていたことは弁論の全趣旨に照し、当事者間に争がなく、また小市民が比較、的高額の不動産を購入する場合その資金は日常生活品の購入費が日々の収入から支出されるのを通常とするのと異りむしろ長期間の貯蓄により賄われるのを一般とするから仮に右資金が原告の営業収益から支出されたものとしても直ちに昭和二十三年度の営業収益(不動産売買の代金は売買の時期からあまり離れない時期に支払われるのが通常であるから被告の主張によれば昭和二十三年一月から五月頃までの営業収益ということになろう)から支出されたものとは推定しがたく、この点を肯認せしめるに足る資料は全くない。

したがつて被告の立証によつては原告が昭和二十三年度においてその申告額十九万七千五百円以上の所得をえたと認めることはできないわけである。

(2)  昭和二十四年度の所得金額について

証人増田善太郎、大浦薫章、毛利政男の証言並びに右証言により真正に成立したと認める甲第十四号証の二によれば被告は昭和二十五年二月九日頃増田善太郎等約十名の係員をして原告の在庫商品を調査せしめた結果に基きその在庫商品を売価格にして小間物三十七万八千百五十七円、化粧品二十九万五千五百二十五円、雑貨七十六万五千二百六十九円と評価したこと、右に雑価というのは衣料品を主とするものであることが認められ証人佐竹長太郎の証言中、右認定に反する部分は右証言に照し措信しがたい。そこで右評価が相当であるかどうかについて考えるに証人大浦薫章、毛利政男の証言によればこの評価額は右各係員が商品に表示してある価格の符牒を原告及びその家族に問いたゞすなどして克明に各商品の売価格を調査した結果を集計したものであることが認められるからその評価はほゞ正確なものであるというべく、したがつて原告は昭和二十五年二月当時右評価額相当の在庫商品をもつていたと認めるのが相当である。そして昭和二十四年衣料品につき配給統制が行われていた。

当時原告は、衣料登録店でなく衣料の配給を取扱つていなかつたが、配給外ルートにより衣料品を仕入れ販売していたことは前示認定の通りであり、成立に争ない乙第八、九号証並に証人種子島時隆、荻原政治郎、土肥米之、黒石富久の証言によれば昭和二十四年当時原告店舗とほゞ同程度の営業条件を備えた店舗においては、商品回転率が小間物二回半、化粧品四回、衣料雑貨七回(衣料については統制外及び正規の手続によらず販売する商品)であり、売上高に対する純利益が小間物、化粧品いずれも二割、衣料雑貨七回であつたことが認められる。原告は前記在庫商品中には容易に売捌けないいわゆる「年期もの」が多量に包含されていると主張するけれども商品販売営業において「年期もの」を生じ且つこれを安価に販売することは通常の時例であり右商品回転率及び利益率はもとよりかかる事情を考慮に入れたうえでのものであり、原告営業において他の同業者より特に多量の「年期もの」を生じていたこと、その他原告営業における商品回転率、利益率が一般同業者より低かつたことを推知するなんらの資料もないから原告も右と同程度の回転率利益率をもつて営業していたものと認めるのが相当である。したがつて原告が昭和二十四年度を通じ常に前記在庫商品と同額の商品を回転して営業したものと仮定すれば原告は同年度において小間物九十四万六千八百九十二円、化粧品百十八万二千百円、衣料雑貨五百三十五万六千八百八十三円合計七百四十八万三千八百七十五円の売上高と小間物十八万九千三百七十八円、化粧品二十二万六千四百二十円、衣料雑貨八十万三千五百三十二円合計百二十二万九千三百三十円の純利益を与げたことになるわけである(別表その二(4) )

そこで右計算における仮定について考察しなければならないわけであるが、前に説示したように比較的小規模な商品小売営業においては経済事情の変動、営業方針の変更等特別の事情がない限り年間を通じほゞ同種同額の手持商品を回転して営業を続けているものと推定すべきであり、営業方針の変更等についてはこれを認めるに足る資料はないから結局昭和二十四年一月から昭和二十五年二月までの経済事情の変動を考察すれば足るであろう。まず原告は衣料品の統制がほとんど解除された昭和二十五年二月当時の在庫商品をもつて昭和二十四年度を通じての手持商品と推定することは不当であると主張する。なるほど昭和二十四年から昭和二十五年にかけ漸次衣料品の統制が解除されるにしたがい、配給登録店でない原告も公然衣料品を取扱いうるにいたつたわけであるから統制が広範に行われていたときに比べ衣料品の取扱が次第に増大、活撥となり手持商品高が漸次増加したであろうことは推察するにかたくないところでありこの点考慮する必要があること勿論であるけれども統制が解除されたからとて直ちに大量の衣料品を仕入れることは営業運転資金、需要などの関係からみて通常のことではないし、統制の行われていた当時においても原告が正規の方法によらないで衣料品を売買していたことは、前示の認定の通りであり、一般に昭和二十四年頃には統制法規の存在にかかわらず事実上これを無視してかなり広範に衣料品が売買されていたのであるから昭和二十四年度における原告の衣料雑貨の売上高を前記のように推算してもいちじるしく過大なものであるとはいえない。つぎに右期間における物価の騰貴もまた考慮されるべきであるが、この期間においては前示のような一般物価の上昇は緩慢となりその上昇は一割五分内外であつたことは公知の事実である。したがつて右のような経済事情の変動を十分考慮しても原告が昭和二十四年度において右に推計した取引高、純益の七割五分に当る五百六十四万円の取引と七十二万円の純益をあげたと認めるのは決して過大なものではないというべきである。

(3)  昭和二十四年三月ないし十二月の取引金額について

商品小売営業における取引は年間を通じほゞ同様に行われるものとみるべきであるから原告はこの期間において右昭和二十四年度の取引金額五百六十四万円を月割計算した四百七十万円の取引をしたものと認めるのが相当である。されば原告に対しその昭和二十四年度における所得金額を七十二万円として同年度の所得税額を更正し、昭和二十四年三月ないし十二月の取引金額を四百七十万円として同期間の取引高税額を更正した被告の処分は相当であるが、原告の昭和二十三年度における所得金額を原告の申告額以上ありとしてその所得税額を更正した被告の処分は不当である。たゞこゝに考慮されるべきは、原告の次男実の所得である。原告の次男実は昭和二十三年当時原告と同居していたこと、実が昭和二十三年南税務署に勤務して一万九千五百六十三円六十銭の給与を受けた事は当事者間に争がないから所得税法(昭和二十三年七月七日法律第一〇七号による改正)第九条第一項第四号によりその十分の二、五に相当する金額を控除した一万四千六百七十二円七十銭が同人に対する所得税の課税標準となるものである。この給与所得はもとより原告に対する昭和二十三年度の所得税の課税標準となるものではないが、その税額算定のうえにおいて考慮されるべきもの(同法第十五条)であるところ原告の申告(同法第二十六条)においてはこれを考慮してその税額が算出されていないことは、弁論の全趣旨に照し明らかである。そうすると被告は原告に対する昭和二十三年度の所得税につき原告の事業所得を十九万七千九百円、同居の親族実の給与所得を一万四千六百七十二円七十銭一として同法第十五条に従い算出した税額をもつて更正決定すべきであり、したがつて結局昭和二十三年度所得税についての被告の更正決定は右税額の範囲において適法であるが、これを超える部分については違法であるといわなければならない。よつて原告の請求のうち昭和二十三年度所得税についての更正決定中右方法により算定した税額を超える部分の取消を求める限度においてこれを正当として認容し、右更正決定中、その余の部分及び昭和二十四年度所得税法並びに昭和二十四年三月ないし十二月分取引高税についての更正決定の取消を求める部分はこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 相賀照之)

別表その一(単位円)

昭和23年度

昭和24年度

月別

売上高

仕入高

月別

売上高

仕入高

70,559

31,111

95,902

134,170

71,308

51,651

84,592

70,210

44,179

145,992

80,280

60,013

46,580

82,542

73,000

53,725

40,280

84,233

67,812

52,551

66,500

80,995

67,425

72,206

76,470

88,462

78,692

59,571

96,530

70,461

48,276

82,234

71,011

52,844

10

95,142

309,712

10

97,537

84,925

11

85,220

11

91,727

97,360

12

189,274

12

199,030

154,800

合計

962,013

合計

1,192,484

940,484

所得

197,900

所得

252,000

別表その二、三〈省略〉

別表その四(単位銭)

年月

消費1単位当り

理論生計費

原告世帯の

消費単位

原告世帯の

理論生計費

備考

23.1

2,734,74

5,9

16,134,96

2

2,471,97

14,584,62

3

2,964,09

17,488,13

4

3,042,02

17,947,91

5

3,034,15

17,901,48

6

3,881,00

22,897,90

7

3,451,26

6,1

21,052,68

8

3,465,26

21,138,08

9

3,565,48

21,749,42

10

3,650,13

22,265,79

11

3,095,52

18,832,67

12

3,343,45

20,395,04

232,438,68

24.1

3,700,33

6,1

22,572,01

2

3,246,90

19,806,09

3

3,857,55

23,531,05

4

3,645,27

22,236,14

5

3,873,23

23,626,70

6

4,146,62

25,294,38

7

4,792,47

29,234,06

8

4,748,80

28,967,68

9

4,546,27

27,732,24

10

4,276,80

26,088,48

11

4,384,58

26,745,93

12

4,461,27

27,213,74

303,048,50

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